職人の独り言、四
エアロコンセプトっていうモノが、こうやって、他の人たちから、段々と「ブランド」って、見られるようになっていったんだよね。俺の想うモノづくりがさ、外の世界で認められるようになっていったんだよね。まあ、もともとは他の人から見たら、単に俺の妄想とか、夢想とか、欲望というものでしかなかったものだよね。俺だって、自分の遊びとしてはじめたモノづくりだからさ。まさか商売になるとは思っていなかったよ。俺は「ブランディング」なんて言葉は知らなかったし、知ってから後だって、そんな言葉は大っ嫌いだけどさ。俺自身は、自分の遊びだからね。ブランド名も決めてあったし、ちょっと気取って製品コンセプトなんかだって、ちゃんとしたためたりもしてあったからね。ところがさ、これが「本気なの?」って言われれば、「本気も何も、オレは職人なんだからさ。遊びに決まってるだろ。」って答えるしかないよね。だって、これは、オレが好きでやっているだけのことだったんだからね。まあ、俺にとっちゃあ、これが最高の遊びだったんだけどさ。もちろん、「本当になったらいいなぁ」とは思っていたけどね。そういう商売臭いことじゃないんだよな、俺がやりたいことはさ。まあ、でも、本当のことを言ったら、本気だったんだけどね。でも、それはさ、格好つけた言い方をすればね、「鞄に魂を込めること」に「本気」だっただけだよ。だから、「儲かるように、この鞄を広めること」に「本気」っていうみんなが言っている意味とは全然違うんだよ。心を込めてモノをつくって、できたものを見せながら、本当のこと、正直な想いを語ることが、俺にとっての最高の喜びだったんだよ。それは今も同じだけどね。それが規模は小さくとも、商売になっちゃったんだから、本人が一番ビックリしちゃうんだよ。まったく不思議な巡り合わせというのがあるもんだよな。あの時点でだって、俺にしてみれば、十分に成功だったんだよ。ところがさ、ここから先にも、話はどんどんと展開してったからね。本当に人生ってわからないものだよな。
俺が自分でこさえた鞄がさ、若者たちに人気のセレクトショップとか、老舗百貨店なんかで売り始められるだろ。そうすると、そこからもまた、商取引の申し出がやってくるようになるんだ。伊勢丹とかさ、ビームスなんていうのは、その流れから取引きがはじまったよね。ところがさ、問題は俺はそれまで商売ということをしたことなんてないだろ。もちろん町工場としての経営はやってきたけどさ、それはある程度、決まりきった商いの流れに乗る下請け仕事だったからね。自分で売れる仕掛けをしてみたり、お客さんを呼び込むこと考えたり、値段交渉をしたり、それからキャッチコピーをつくって考えてみたりとか、そんなことは、まったく頭に浮かびはしないんだよ。だから、その当時、取引先が増えていくのは嬉しかった反面、戸惑うことも多かったんだよ。一職人からブランドの創設者みたいな扱いを受けるようになっていったからね。俺は職人だって言っているのに、人のこと、デザイナーと呼んでみたり、クリエイターって呼んでみたり、ある野郎なんか、プロデューサーって、呼んでみたりね。
それまで一度もそんな風に扱われたことないから、ビックリするよな。もちろんさ、そういう呼び方するのは相手が俺をおだてようとしたり、立ててくれようとしたりしてのことはわかっているんだけどさ。まあ、自惚れるまではいかなくても、それは勘違いしちゃうような環境だよね。でもさ、俺は、職人だということに誰よりも誇りを持っている人間だからね。デザイナーとか、プロデューサーとか、そういうのは、正直言ってわからないんだよな。わからないものは、いくら自惚れようが、名乗りようがないだろ。だいたいからして、最近のやつらは、ちょっと何かを学んだだけで、軽々しく肩書きを名乗りすぎな気がするよな。もしかしたら、俺は、そんな軽い気持ちで職人を名乗っていないのかもわからないよな。
別にこれはへりくだって言っているんじゃないんだよ。俺はデザインのことも、商売のことも本当に知らねぇんだよ。だからさ、逆に、たとえ相手が天下の三越だろうが、伊勢丹だろうが、ビームスだろうがユナイテッドアロウズだろうが、及び腰になったり、へりくだったりということはなかったんだよな。俺がこさえた鞄を適当に扱ったりしたら、当然、文句を言ったしな。最初の約束を反古にして、俺がつくったものを、セールで安売りなんかしたら、即刻、取り引きをやめたしな。「便利だから」とか「マーケティングでは」とか、そんなつまんねぇ理由で鞄のデザインを改良するような案を提案されたら、突っぱねたしな。へへへ。やっぱり俺っって、頑固だよな。その道のプロから見てみりゃあ、まあ、きっと、俺は商売を知らない馬鹿なんだろ。ビジネスの世界じゃ当たり前のことかもわからないけれどさ、エアロコンセプトが広まれば広まるほど、周りの人たちからは、「もう少しうまくやったらどうなの?」って、アドバイスされたよ。だけど、俺が聞く耳を持つことはめったになかったね。その理由はいたって簡単だよ。エアロコンセプトというのは、菅野敬一そのものなんだからさ。だから、決して、おかしな売り方をしたり、媚を売ったりはしないんだよ。これはオレが、好きではじめたモノづくりに過ぎないんだから、いくらそれが商売の分野だって、俺の好きにやるの。こんなに単純なことって、ないだろ?
ところがさ、面白いんだよ。俺が、ただただ自分を貫いて、頑固な態度でいたって、寄ってくる人は寄ってくるんだよ。人が人を呼ぶのか、モノが人を呼ぶのか、よく分からないけど口コミだよな。それから、その頃から、どんどんエアロコンセプトは、いろいろな雑誌とかメディアで取り上げられるようになっていったからね。まあ、そういう業界の人ってのは、そういうネタにいつも気を張ってるんだろうな。見えないところで、じわじわと広がっていったんだろうね。それでね、驚いちゃうんだよ。ある人がね、こんなこと言うの、「あのね、わたしね、今度、ユマ・サーマンと仕事で会うことになってるのよ。それで、お願いがあるのよ。彼女に何か珍しくて素敵なモノをプレゼントしたいんだけど、彼女に何かひとつつくってあげてくれない?」って、こんなこと言うんだよ。俺は、そのときは「ユマ・サーマンって誰?」って感じだったけど、いろいろ調べてみたら凄い女優さんなんだよね。その女の人ね、広告関連の仕事をしている人で、ハリウッドの人たちと随分つながりがあったみたいなんだよね。それからだよね。エアロコンセプトのユーザーに、ジョージ・クルーニとかロバート・デ・ニーロとか、みんなが聞いたらビックリするような人がお客さんになってくれたのは。俺にとってだって、ロバート・デ・ニーロなんて、青春時代の銀幕の大スターだからね。雲の上の人みたいな感じだよ。だって、ロバート・デ・ニーロだぞ。そんな人が、俺のこさえた鞄を手にさ、ニューヨークの摩天楼なんか歩いているところ想像するのね。これは、興奮するよ。でも自分がつくったモノが間に入ればさ、それを通じて想いって本当に伝わるんだよ。心通わせることができるんだよ。俺は、そう信じているんだ。言ってみりゃあ、彼らはセレブだろ? 俺だって、それくらいの言葉は知っているんだ。きっと、彼らは、普段は、世界的にも超一流のブランド品しか手にしないような人たちだろ? そういう彼らのお眼鏡にかなったのも、自分のつくったモノが一流品の仲間入りをしたような気がして、嬉しかったのかもわからないね。ところが、また、面白いのはさ、この後、本当にいわゆる世界的一流品からのオファーが届いちゃったんだよ。